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旧国名と今の県の早見表。武蔵・越後・薩摩は今のどこか。戦国武将のゆかりの国も

古い戸籍やお墓、過去帳、家の言い伝えには、「越後国」「武蔵国」のような昔の国の名がよく出てきます。先祖がどこで暮らしていたのかを知るには、それが今のどこにあたるのかを知るのが第一歩です。このページでは、昔の国の名と今の都道府県を、早見表にまとめました。

旧国名とは

昔の日本は、「国」という区切りに分けられていました。奈良時代のころに形が整い、江戸時代の終わりまで、全国はおよそ68の国に分かれていました。国は、都のまわりの「畿内」と、七つの「道」にまとめられていました。

明治4年(1871年)の廃藩置県で、全国の藩にかわって府と県が置かれ、今の都道府県のもとになりました。国の名は、そのあとも土地の区切りの呼び名として長く使われました。「信州そば」「薩摩芋」のように、今も暮らしの中に残っています。

旧国名と今の都道府県の早見表

国の名か、今の県の名を入れると、しぼりこめます。今の県は、おもにあたる所です。境は、昔と今とで少しずれている所があります。

国の名よみ今の都道府県
畿内
山城やましろ京都府の南部
大和やまと奈良県
河内かわち大阪府の東部
和泉いずみ大阪府の南部
摂津せっつ大阪府の北部、兵庫県の南東部
東海道
伊賀いが三重県の西部
伊勢いせ三重県の大部分
志摩しま三重県の東部
尾張おわり愛知県の西部
三河みかわ愛知県の東部
遠江とおとうみ静岡県の西部
駿河するが静岡県の中部
伊豆いず静岡県の伊豆半島、東京都の伊豆諸島
甲斐かい山梨県
相模さがみ神奈川県の大部分
武蔵むさし東京都、埼玉県の大部分、神奈川県の東部
安房あわ千葉県の南部
上総かずさ千葉県の中部
下総しもうさ千葉県の北部、茨城県の南西部、東京都と埼玉県の東の一部
常陸ひたち茨城県の大部分
東山道
近江おうみ滋賀県
美濃みの岐阜県の南部
飛騨ひだ岐阜県の北部
信濃しなの長野県
上野こうずけ群馬県
下野しもつけ栃木県
陸奥むつ青森県、岩手県、宮城県、福島県、秋田県の一部
出羽でわ山形県、秋田県
北陸道
若狭わかさ福井県の南西部
越前えちぜん福井県の北部
加賀かが石川県の南部
能登のと石川県の北部
越中えっちゅう富山県
越後えちご新潟県(佐渡島をのぞく)
佐渡さど新潟県の佐渡島
山陰道
丹波たんば京都府の中部、兵庫県の東部
丹後たんご京都府の北部
但馬たじま兵庫県の北部
因幡いなば鳥取県の東部
伯耆ほうき鳥取県の西部
出雲いずも島根県の東部
石見いわみ島根県の西部
隠岐おき島根県の隠岐の島々
山陽道
播磨はりま兵庫県の南西部
美作みまさか岡山県の北部
備前びぜん岡山県の南東部
備中びっちゅう岡山県の西部
備後びんご広島県の東部
安芸あき広島県の西部
周防すおう山口県の東部
長門ながと山口県の西部
南海道
紀伊きい和歌山県、三重県の南部
淡路あわじ兵庫県の淡路島
阿波あわ徳島県
讃岐さぬき香川県
伊予いよ愛媛県
土佐とさ高知県
西海道
筑前ちくぜん福岡県の西部
筑後ちくご福岡県の南部
豊前ぶぜん福岡県の東部、大分県の北部
豊後ぶんご大分県の大部分
肥前ひぜん佐賀県、長崎県
肥後ひご熊本県
日向ひゅうが宮崎県
大隅おおすみ鹿児島県の東部
薩摩さつま鹿児島県の西部
壱岐いき長崎県の壱岐
対馬つしま長崎県の対馬
明治元年に分けられた東北の国
磐城いわき福島県の東部、宮城県の南部
岩代いわしろ福島県の中部と西部
陸前りくぜん宮城県の大部分、岩手県の南東部
陸中りくちゅう岩手県の大部分、秋田県の東部
陸奥(明治元年から)むつ青森県、岩手県の北部
羽前うぜん山形県の大部分
羽後うご秋田県の大部分、山形県の北西部
明治2年に置かれた北海道の国
渡島おしま北海道の南西部(函館のあたり)
後志しりべし北海道の西部(小樽のあたり)
石狩いしかり北海道の中西部(札幌のあたり)
天塩てしお北海道の北西部
北見きたみ北海道の北東部
胆振いぶり北海道の南部(室蘭のあたり)
日高ひだか北海道の南部
十勝とかち北海道の南東部(帯広のあたり)
釧路くしろ北海道の東部
根室ねむろ北海道の東の端
千島ちしま千島の島々

沖縄県は、明治のはじめまで琉球王国でした。

明治に分けられた国と、北海道の国

東北の大きな二つの国、陸奥と出羽は、明治元年(1868年)に七つの国に分けられました。明治のはじめの戸籍やお墓には、「陸前国」「羽前国」のような名が出てくることがあります。

北海道は、明治2年(1869年)に「蝦夷地」から北海道と名を改め、11の国に分けられました。明治に北海道へ移り住んだ家の戸籍には、「石狩国」「十勝国」のような名が見られます。

戦国武将のゆかりの国

戦国時代の武将は、国の名と一緒に語られることがよくあります。「尾張の織田信長」「甲斐の武田信玄」「越後の上杉謙信」。よく知られた武将と、ゆかりの国、今の都道府県を並べました。上のしぼりこみの欄に武将の名を入れても探せます。武将たちの家紋と、そのはじまりは「家紋の調べ方と歴史」にまとめています。

武将ゆかりの国今の都道府県
織田信長尾張愛知県の西部
豊臣秀吉尾張(生まれた国)愛知県の西部
徳川家康三河(生まれた国)愛知県の東部
今川義元駿河・遠江静岡県
武田信玄甲斐山梨県
上杉謙信越後新潟県
北条早雲伊豆・相模静岡県の伊豆半島、神奈川県
北条氏康相模神奈川県(小田原)
太田道灌武蔵(江戸城を築いた)東京都
里見義堯安房千葉県の南部
佐竹義重常陸茨城県
伊達政宗出羽で生まれ、のちに陸奥の仙台山形県(米沢)、宮城県(仙台)
最上義光出羽山形県
真田昌幸・真田信繁(幸村)信濃長野県(上田)
斎藤道三美濃岐阜県の南部
浅井長政近江滋賀県の北部
石田三成近江(生まれた国)滋賀県
朝倉義景越前福井県の北部
前田利家加賀・能登石川県
筒井順慶大和奈良県
三好長慶阿波で生まれ、のちに畿内徳島県、大阪府・京都府
黒田官兵衛(孝高)播磨兵庫県の南西部(姫路)
宇喜多秀家備前岡山県の南東部
毛利元就安芸広島県の西部
尼子経久出雲島根県の東部
大内義隆周防山口県の東部
長宗我部元親土佐高知県
黒田長政筑前(福岡の城)福岡県の西部
大友宗麟豊後大分県
龍造寺隆信・鍋島直茂肥前佐賀県
加藤清正肥後(熊本の城)熊本県
伊東義祐日向宮崎県
島津義久・島津義弘薩摩・大隅鹿児島県

武将の家来や、その土地の侍の家の流れをくむという言い伝えのある家もあります。言い伝えは家の大切な物語ですが、家系図では、戸籍や古い記録で確かめられたこととは分けて書きましょう。

今も使われる旧国名。天気予報、半島や海の名、名産、方言まで

旧国名は、今の暮らしの中にも、たくさん残っています。

使われる所例
天気予報の地域の名石川県の「加賀」「能登」、岐阜県の「美濃地方」「飛騨地方」、鹿児島県の「薩摩地方」「大隅地方」、静岡県の「伊豆」、新潟県の「佐渡」、島根県の「隠岐」、長崎県の「壱岐・対馬」、福岡県の「筑後地方」「筑豊地方」(筑前と豊前から)、北海道の「石狩地方」「十勝地方」など
半島・海・平野の名伊豆半島、能登半島、紀伊半島、薩摩半島、大隅半島、駿河湾、相模湾、土佐湾、遠州灘(遠江)、播磨灘、越後平野、濃尾平野(美濃と尾張)、房総半島(安房・上総・下総)など
いくつかの国をまとめた呼び名甲信越(甲斐・信濃・越後)、筑豊(筑前・豊前)、両毛(上野・下野)、房総など
市の名武蔵野市、相模原市、甲斐市、伊勢市、出雲市、伊豆市、土佐市、安芸市、加賀市、飛騨市、美濃加茂市、薩摩川内市など
「○州」の呼び名信州(信濃)、甲州(甲斐)、上州(上野)、紀州(紀伊)、播州(播磨)、遠州(遠江)など。九州は九つの国、四国は四つの国があったことから
食べもの讃岐うどん、信州そば、越前がに、近江牛、但馬牛、伊勢えび、紀州の梅、甲州ぶどう、丹波の黒豆、伊予柑、薩摩芋など
焼きもの・工芸美濃焼、備前焼、薩摩焼、加賀友禅、越前和紙、土佐和紙、若狭塗など
方言・お祭り土佐弁、薩摩弁、伊予弁、河内弁、阿波踊り、越中おわら節など
街道・鉄道の名甲州街道、伊勢街道、武蔵野線、相模線、南武線(武蔵の南)、特急「しなの」「ひだ」、寝台特急「サンライズ出雲」など
銀行などの名武蔵野銀行、伊予銀行、阿波銀行、肥後銀行など
名字甲斐、伊勢、出雲、美濃、武蔵、信濃など、国の名と同じ名字の家もあります

天気予報で「美濃地方」「飛騨地方」と聞いたら、それは昔の美濃国と飛騨国のことです。先祖のゆかりの土地を、天気予報で耳にすることもあるかもしれません。

家系図に書くときのコツ

よくある迷い

旧国名は、いくつありますか?

江戸時代の終わりまでは、66の国と、壱岐・対馬の2つの島で、あわせて68です。明治のはじめに東北の国が分けられ、北海道に11の国が置かれて、84になりました。

武蔵国は、今のどこですか?

今の東京都と埼玉県の大部分、神奈川県の東の一部です。

織田信長の尾張国は、今のどこですか?

今の愛知県の西部です。名古屋のあたりで、豊臣秀吉も尾張の生まれです。となりの三河国(愛知県の東部)は、徳川家康の生まれた国です。

伊達政宗の国は、今のどこですか?

伊達政宗は出羽国の米沢(今の山形県)で生まれ、のちに陸奥国の仙台(今の宮城県)に城をかまえました。

旧国名は、今も使われていますか?

はい。天気予報の地域の名(加賀、能登、美濃地方、飛騨地方、薩摩地方など)、半島や海の名(伊豆半島、能登半島、駿河湾、遠州灘など)、市の名(武蔵野市、相模原市、出雲市など)、信州・甲州のような呼び名、食べものや焼きもの(讃岐うどん、近江牛、美濃焼、備前焼など)、方言やお祭り(土佐弁、阿波踊りなど)に、今も使われています。

旧国名は、いつまで使われていましたか?

明治4年(1871年)の廃藩置県で、藩にかわって府と県が置かれ、今の都道府県のもとになりました。国の名は、そのあとも土地の区切りの呼び名として長く使われ、古い戸籍やお墓、過去帳にもよく出てきます。

「上野」は「うえの」ですか?

国の名としては「こうずけ」と読み、今の群馬県です。東京の上野(うえの)とは別です。同じように「下野」は「しもつけ」で、栃木県です。

先祖のゆかりの土地を、家系図に書き添えましょう。

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入れた名前は、お使いの端末の中だけに残ります。

参考にした資料

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