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日本の仏教の宗派の歴史と成り立ち。十三宗を開いた人と、家ごとに宗派が決まったわけ

わが家は浄土真宗、母の実家は曹洞宗。家系図をつくっていると、家ごとに宗派があることに気づきます。その宗派は、いつ、だれが開き、どうしてわが家の宗派になったのでしょう。このページでは、仏教が日本に伝わってから、今の宗派に分かれ、江戸時代に家ごとに宗派が決まるまでを、時代の順にたどります。

先にお答えすると

・日本の仏教は、昔から「十三宗」と数えます。今、多くの家の宗派になっているのは、平安時代と鎌倉時代に開かれた宗派です。

・家ごとに宗派が決まったのは、江戸時代の「寺請制度」がもとです。家とお寺の結びつきが、代々受けつがれてきました。

・家の宗派と菩提寺(家が代々お世話になっている、先祖のお墓のあるお寺)は、先祖をたどる大きな手がかりです。

十三宗ができるまで

宗派は、古いものが消えて新しいものに入れかわったのではありません。前からある宗派に、時代ごとに新しい宗派が加わって、十三になりました。

奈良時代 3つ(合わせて3)

法相宗、華厳宗、律宗

平安時代 3つ加わる(合わせて6)

天台宗(最澄)、真言宗(空海)、融通念仏宗(良忍)

平安時代の終わりから鎌倉時代 6つ加わる(合わせて12)

浄土宗(法然)、浄土真宗(親鸞)、時宗(一遍)、臨済宗(栄西)、曹洞宗(道元)、日蓮宗(日蓮)

江戸時代 1つ加わる(合わせて13)

黄檗宗(隠元)

このあと、時代の順に、それぞれの宗派がどうして生まれたのかをたどります。

仏教が伝わったころ(飛鳥時代・奈良時代)

仏教は、6世紀の半ば、朝鮮半島の百済の聖明王から、仏像やお経が贈られたことで、国として正式に伝わったとされます。その年は、538年とする説と、『日本書紀』に書かれた552年とする説があります。

はじめは、仏を受け入れるかどうかで、豪族の蘇我氏と物部氏が争いました。やがて蘇我氏や聖徳太子のもとで仏教は重んじられ、飛鳥寺や法隆寺、四天王寺などが建てられました。

奈良時代には、聖武天皇が国ごとに国分寺を建てさせ、奈良の東大寺に大仏をつくりました。国の平和を仏に願う「国の仏教」の時代です。奈良の都では、お経の学び方の違いから六つの学派が生まれ、「南都六宗」と呼ばれました。そのうち、法相宗、華厳宗、律宗の三つが、今も続いています。ほかの三つ(三論宗・成実宗・倶舎宗)は、のちに一つの宗としては続かず、ほかの宗の中で学ばれるようになりました。

この三つの宗は、お坊さんが学ぶための学派で、開いた人というより、唐から教えを伝えた人がいます。

この時代の仏教は、お寺で学ぶお坊さんと、国のためのものでした。人々の家の宗派になるのは、まだ先のことです。

山の寺で学ぶ二つの宗派(平安時代)

平安時代のはじめ、唐(今の中国)で学んだ二人のお坊さんが、新しい宗派を開きました。奈良の三つの宗に、この二つが加わります。

天台宗 最澄(伝教大師)

806年に、天台宗が国に認められました。京都と滋賀のさかいの比叡山に延暦寺を開き、法華経を中心に、さまざまな教えを学ぶ場をつくりました。

比叡山は、のちに「日本仏教の母山」と呼ばれます。鎌倉時代に新しい宗派を開いた法然、親鸞、栄西、道元、日蓮は、みな若いころ比叡山で学んでいます。

真言宗 空海(弘法大師)

唐で密教を学んで帰り、和歌山の高野山に金剛峯寺を開き、京都の東寺もまかされました。大日如来を中心に、真言(仏の言葉)をとなえ、この身のままで仏になる道を説きました。

「お大師さま」として、今も各地で親しまれています。四国の八十八か所のお遍路も、空海ゆかりの霊場をめぐるものです。

平安時代の半ばになると、仏の教えが衰える「末法」の世に入ると考えられるようになりました。死んだあと、阿弥陀如来のいる極楽浄土に生まれたいと願う「浄土の教え」が広まり、源信が『往生要集』を書き、空也が町で念仏をすすめました。平安時代の終わりには、良忍(りょうにん)が、一人の念仏がすべての人の念仏と通じ合うと説いて、融通念仏宗を開きました。今の大阪の大念仏寺が総本山です。この流れが、鎌倉時代の新しい宗派につながります。

だれもが行える教えへ(鎌倉時代)

平安時代の終わりから鎌倉時代にかけて、戦や飢饉、災害が続きました。難しい学問や、お金のかかる祈りができる人だけでなく、だれもが救われる道が求められました。この時代に、今、多くの家の宗派になっている宗派が、次々と開かれます。

大きく分けると、三つの道があります。

念仏の道

浄土宗法然。1175年に開かれたとされます。「南無阿弥陀仏」と念仏をとなえれば、だれでも極楽浄土に生まれられると説きました。京都の知恩院が総本山です。

浄土真宗親鸞。法然の弟子です。阿弥陀如来の救いを信じる心を大切にし、自らも妻をむかえて、家庭を持ちながら教えを広めました。室町時代に蓮如が広め、大きな宗派になりました。京都の西本願寺(本願寺派)と東本願寺(大谷派)などに分かれています。

時宗一遍。念仏の札を配り、踊りながら念仏をとなえる「踊念仏」で、各地を旅して教えを広めました。

座禅の道(禅宗)

臨済宗栄西。宋(今の中国)で禅を学んで帰りました。師から出される問い(公案)に向き合いながら座禅をします。鎌倉幕府や、のちの室町幕府の武士に重んじられました。妙心寺派、建長寺派、円覚寺派など、多くの派に分かれています。お茶を飲む習わしを広めたのも栄西と言われます。

曹洞宗道元。1227年に宋から帰り、ただひたすらに座る「只管打坐」を説きました。福井の永平寺を開きました。のちに瑩山が石川の總持寺を開いて地方に広め、永平寺と總持寺(今は横浜)の二つが大本山です。

お題目の道

日蓮宗日蓮。1253年、千葉の清澄寺で、はじめて「南無妙法蓮華経」とお題目をとなえたとされます。法華経こそが正しい教えだと説き、きびしい迫害を受けながら教えを広めました。山梨の身延山久遠寺が総本山です。

このころ開かれた宗派は「鎌倉仏教」と呼ばれます。どの宗派も、もとは比叡山で学んだお坊さんたちが、それぞれの道で、だれもが救われる教えを求めた結果でした。

村々に広がる(室町時代・戦国時代)

室町時代から戦国時代にかけて、鎌倉時代に開かれた宗派は、武士だけでなく、村の人々のあいだにも広がりました。

このころから、お寺がお葬式や先祖の供養をつとめることが、人々のくらしの中に根づいていきます。

家ごとに宗派が決まる(江戸時代)

江戸時代のはじめ、1654年に、明(今の中国)から隠元が来て、京都の宇治に萬福寺を開きました。これが黄檗宗で、ここで十三宗がそろいます。いんげん豆を伝えたのも隠元と言われます。

そして、家系図にとっていちばん大事なのが、この時代に定まった決まりです。今、多くの家に「家の宗派」と「菩提寺」があるのは、江戸時代の決まりがもとになっています。

寺請制度と檀家

江戸幕府は、キリスト教を禁じるため、すべての人に、どこかのお寺に属させ、「キリスト教の信者ではない」ことを、そのお寺に証明させました。これを「寺請制度」といいます。お寺に属する家を「檀家」、その家が属するお寺を「檀那寺」と呼びます。

家とお寺の結びつきは、親から子へ、代々受けつがれました。結婚した人が、嫁いだ先や婿に入った先の家の宗派に合わせることが多かったのも、宗派が「家」に結びついていたためです。父方と母方で宗派が違う家が多いのは、このためです。そんなときの法事やお墓の考え方は、「父方と母方で宗派が違うときの法事・仏壇・お墓」にまとめています。

菩提寺とは

檀那寺は、今では「菩提寺(ぼだいじ)」と呼ばれることが多くなりました。家が代々お世話になっているお寺のことです。

宗門人別改帳

寺請の証明をもとに、村ごとに「宗門人別改帳」がつくられました。家ごとに、戸主と家族の名前、年齢、檀那寺などが書かれ、原則として毎年つくり直されました。戸籍のなかった江戸時代の、戸籍のような帳面です。

この帳面が、今も村の旧家や、郷土資料館、県の文書館に残っていることがあります。戸籍より前の先祖をたどる、大きな手がかりです。どこまでさかのぼれるかは、「何代前までさかのぼれるか」にまとめています。

神さまと仏さま

日本には、仏教が伝わる前から、山や森、田畑に宿る神さまをまつる信仰がありました。仏教が伝わってからも、人々は神さまをすてず、長いあいだ、神さまと仏さまを一緒に敬ってきました。これを「神仏習合(しんぶつしゅうごう)」といいます。

今も、お宮参りや七五三、初詣は神社で、お葬式や法事はお寺で、という家が多くあります。神棚と仏壇が同じ家にあるのも、めずらしくありません。先祖の歩みをたどると、神社とお寺の両方が出てくるのは、この長い歴史があるからです。

聖徳太子の言い伝え

「聖徳太子が、神道・儒教・仏教を一本の木にたとえ、神道は根、儒教は枝と葉、仏教は花と実だと説いて、三つを一つにまとめた」という話を聞くことがあります。

けれど、太子がそう言ったという、太子の時代の記録はありません。辞典では、この考えは、室町時代の終わりに、京都の吉田神社の神職、吉田兼倶(よしだかねとも)がまとめたもので、もとになる考えは、その百年ほど前の天台宗のお坊さん、慈遍(じへん)の説に見える、と説明されています。江戸時代に広く用いられ、太子の言葉として語られるようになりました。

太子は、仏教を重んじたことで知られ、十七条の憲法に「あつく三宝(仏・仏の教え・お坊さん)を敬え」と書いたと伝えられています。同じ憲法の「和をもって貴しとなす」は、人と人が争わずに話し合うことを説いた言葉で、神と仏をまとめるという意味の言葉ではありません。太子の行いには、のちの時代につくられた言い伝えもまじっている、と考える学者も多くいます。

明治から今へ

寺請制度はなくなっても、家とお寺の結びつきは続き、今も多くの家が、先祖から受けついだ宗派と菩提寺を大切にしています。今の宗派ごとのお寺の数や信者の数は、文化庁が毎年まとめる『宗教年鑑』で知ることができます。

戸籍の取り方と読み方は、「戸籍で家系図をつくる手順と費用」と「古い戸籍の読み方」にまとめています。

十三宗の早見表

日本の仏教の宗派は、昔から「十三宗」と数えます。それぞれの宗の中に、さらにいくつもの派があります。ここまでに出てきた宗派を、時代の順に並べました。

宗派開いた人・伝えた人時代おもなお寺
法相宗道昭など飛鳥・奈良興福寺、薬師寺(奈良)
華厳宗良弁など奈良東大寺(奈良)
律宗鑑真奈良唐招提寺(奈良)
天台宗最澄平安延暦寺(滋賀)
真言宗空海平安金剛峯寺(和歌山)、東寺(京都)
融通念仏宗良忍平安大念仏寺(大阪)
浄土宗法然平安の終わり知恩院(京都)
浄土真宗親鸞鎌倉西本願寺、東本願寺(京都)
時宗一遍鎌倉遊行寺(神奈川)
臨済宗栄西鎌倉妙心寺、建仁寺(京都)、建長寺(神奈川)など
曹洞宗道元鎌倉永平寺(福井)、總持寺(神奈川)
日蓮宗日蓮鎌倉久遠寺(山梨)
黄檗宗隠元江戸萬福寺(京都)

臨済宗のように、派ごとに本山がある宗派も多くあります。わが家のお寺がどの派かは、菩提寺にたずねると確かです。

わが家の宗派を確かめる

家の宗派がわからないときは、次のような手がかりがあります。

本尊や刻まれた言葉は、目安です。同じ本尊を大切にする宗派もあるので、最後は菩提寺や親族に確かめましょう。仏壇やお墓の見方は、「お墓と過去帳で先祖を調べる」にもまとめています。

宗派の歴史は、先祖をたどる手がかり

家の宗派は、ただの決まりごとではありません。江戸時代から、先祖が代々同じお寺に通い、同じ言葉で手を合わせてきた、そのつながりの印です。

父方と母方、祖父母の代の四つの家の、宗派と菩提寺を、わかっているうちに家系図に書き残しておきましょう。「家系図をつくる」では、一人ひとりの「覚え書き」に、宗派や菩提寺、お墓の場所を書いておけます。

先祖から受けつがれてきた想いについては、「受け継がれる想い」にまとめています。

よくある迷い

日本の仏教の宗派は、いくつありますか?

昔から「十三宗」と数えるのが一般的です。法相宗、華厳宗、律宗、天台宗、真言宗、融通念仏宗、浄土宗、浄土真宗、時宗、臨済宗、曹洞宗、黄檗宗、日蓮宗の十三です。それぞれの宗の中に、さらにいくつもの派があります。

どうして、家ごとに宗派が決まっているのですか?

江戸時代の寺請制度がもとになっています。キリスト教を禁じるため、すべての人がどこかのお寺の檀家となり、そのお寺に身元を証明してもらう決まりができました。家とお寺の結びつきが代々受けつがれ、今の「家の宗派」と「菩提寺」になっています。

鎌倉時代に、新しい宗派がたくさん生まれたのはなぜですか?

戦や飢饉が続き、仏の教えが衰える「末法」の世に入ったと考えられた時代に、だれもが行える教えが求められたためと言われます。念仏をとなえる浄土宗・浄土真宗・時宗、座禅にはげむ臨済宗・曹洞宗、お題目をとなえる日蓮宗が、この時代に開かれました。

浄土宗と浄土真宗は、どう違いますか?

浄土宗は法然が、浄土真宗はその弟子の親鸞が開きました。どちらも阿弥陀如来を本尊とし、「南無阿弥陀仏」ととなえます。浄土真宗では、亡くなった人の名を戒名ではなく法名と呼び、位牌のかわりに過去帳や法名軸を使うことが多い、などの違いがあります。

聖徳太子が、神道と仏教を一つにまとめたのですか?

そう伝える話はありますが、太子の時代の記録にはありません。「神道は根、儒教は枝と葉、仏教は花と実」という考えは、室町時代の終わりに吉田兼倶がまとめたものと、辞典では説明されています。神さまと仏さまを一緒に敬う「神仏習合」は、奈良時代から江戸時代まで、千年あまりかけて形になったものです。

わが家の宗派がわかりません。どう確かめればよいですか?

いちばん確かなのは、家のお墓があるお寺(菩提寺)の名前から、そのお寺の宗派を確かめることです。親や親族にたずねる、仏壇の本尊や位牌、お墓に刻まれた言葉を見る、という手がかりもあります。

先祖が手を合わせてきたお寺と宗派も、一枚の家系図に。

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参考にした資料

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