先祖歴
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「受け継ぐ」と聞くと、家やお墓のような、形のあるものを思いうかべるかもしれません。けれど、先祖から私たちに手渡されてきたものの、いちばん奥にあるのは、想いです。このページでは、先祖が子孫に託してきた想いと、今を生きる私たちが先祖を思う気持ち、そして、その想いを受け取り、次へ手渡すことについて考えます。
自分には父と母がいて、その父と母にも、それぞれ父と母がいます。十代さかのぼれば、数の上では千人をこえる先祖がいます。その一人でも欠けていたら、今の自分はいません。
その一人ひとりに、それぞれの暮らしがありました。うれしい日も、つらい日も、あきらめたことも、守りぬいたこともあったはずです。そして、どの人も、わが子に命と想いを手渡して、この世を去っていきました。
私たちが受け継いでいるのは、名前や土地よりも先に、その人たちが「こうあってほしい」と願った想いなのかもしれません。
家系図をつくっていると、ある日、古い戸籍の中で、はじめて見る名前に出会います。明治のはじめに生まれ、三十いくつで亡くなった、だれも話題にしたことのない人。けれど、その人がいなければ、自分はここにいません。その名前を指でなぞったとき、遠い人だと思っていた先祖が、急に、血の通った一人の人に変わります。
先祖の多くは、戦争や災害、病気や貧しさのなかを生きてきました。食べるものが足りない年も、家族を亡くした年もあったでしょう。それでも子を育て、次の世代へ命をつないでくれました。
その根っこにあったのは、きっと、難しい言葉ではなく、「生きてほしい」「幸せになってほしい」という、ただそれだけの願いです。
いちばん身近な「託された想い」は、名前です。生まれた子に名前をつけるとき、親は、その子にどう生きてほしいかを考えます。やさしい人に、強い人に、まわりを明るくする人に。名前には、名づけた人の願いが、そのまま入っています。
先祖の名前も同じです。家系図に並ぶ一つひとつの名前の奥に、その人の誕生を喜び、願いをこめた親がいました。自分の名前にこめられた願いを、親にたずねてみるのも、想いを受け取る一歩です。
親や祖父母の名前から一字をもらって、子や孫の名前につける家があります。父の一字を息子に、というだけではありません。母の名の一字を息子の名に、祖母の一字を孫に。男と女の分けへだてなく、大切な人の一字が、次の命に受け継がれていきます。
その一字には、「あなたも、この人のように生きてほしい」「この人のことを、ずっと忘れないで」という願いがこもっています。名前を呼ばれるたびに、その一字の向こうに、その人がいる。名前は、いちばん身近で、いちばん長く続く、想いの手渡し方なのかもしれません。
昔の武家などでは、家の中で代々同じ一字を名前に入れる「通字(とおりじ)」という習いもありました。徳川家の「家」の字が、よく知られています。家系図に名前を並べてみると、何代にもわたって同じ一字が受け継がれていることに、気づくことがあります。
「人さまに迷惑をかけるな」「食べものを粗末にするな」「正直がいちばん」。家族のあいだで、なんとなく受け継がれてきた言葉はありませんか。だれが最初に言ったのかもわからないまま、親から子へ、子から孫へ伝わってきた言葉は、先祖の生き方そのものです。
働く手の技、料理の味、人へのふるまい。言葉にならないまま、背中で伝わってきたものもあります。
学びたかったのに学べなかった人、行きたかった所へ行けなかった人もいたはずです。自分ではかなえられなかった夢を、子や孫に託した人もいたでしょう。今、私たちが当たり前にしていることの中には、先祖が「せめて子どもには」と願ったことが、たくさん含まれています。
名前しかわからない先祖も、もし言葉を残せたなら、何と言ったでしょう。ここに書くのは、ある一人の先祖の手紙ではありません。けれど、多くの先祖が、胸の中でそっと思っていたことかもしれません。
まだ見ぬ、あなたへ。
わたしは、あなたの顔を知りません。名前も知りません。それでも、わたしは、あなたのことを思っていました。
寒い冬の夜、熱を出した子を抱いて、朝が来るのを待ちました。凶作の年には、自分の分の米を子に回しました。うまくいかないことばかりの日も、この子が大きくなって、またその子が生まれて、いつか、わたしの孫の、そのまた孫が、どこかで笑っている。そう思うと、もう一日、がんばれたのです。
えらい人にならなくていい。お金持ちにならなくていい。ただ、ごはんをおいしく食べて、好きな人と笑って、生きていてほしい。
あなたが今日ここにいてくれることが、わたしの願いが、かなったしるしです。
ありがとう。どうか、あなたも、あなたのあとに生まれてくる、子や孫のことを思ってあげてください。
先祖を思うとき、私たちは、こんな声を、どこかで聞いているのかもしれません。
私たちが先祖を思う気持ちは、人それぞれです。けれど、そこには、いくつかの共通する思いがあるように見えます。
自分は、一人でぽつんと生まれてきたのではない。長い長い命のつながりの、いちばん先にいる。そう思えると、心のどこかが、ふっと落ちつきます。
先祖のことを詳しく知らなくても、「ここまでつないでくれて、ありがとう」という気持ちは、自然にわいてくるものです。家系図をつくっていると、知らなかった先祖の名前に出会うたびに、この気持ちが深くなっていきます。
自分の性格や好きなこと、得意なことが、どこから来たのか。祖父も同じことが好きだった、曾祖母も同じ土地の生まれだった。そんなことを知ると、自分のことが少しわかった気がします。
つらいとき、迷ったとき、「おばあちゃんなら、どうしただろう」と考えたことはありませんか。会ったことのない先祖でも、その人たちが乗りこえてきた日々を思うと、自分ももう少しがんばれる気がする。先祖を思うことは、今を生きる力にもなります。
自分が受け取ったものを、子や孫にも伝えたい。先祖を思う気持ちは、いつのまにか、まだ見ぬ子孫を思う気持ちにもつながっていきます。
先祖の想いは、待っていても届きません。こちらから、受け取りにいくものです。
祖父母や親、おじやおばが元気なうちに、話を聞いておきましょう。何をしたか、より、何を思って生きてきたかを聞くと、想いにふれられます。
・いちばん大切にしてきたことは、何ですか。
・いちばんうれしかったこと、いちばんつらかったことは、何ですか。
・自分の親から言われて、心に残っている言葉はありますか。
・子や孫には、どんなふうに生きてほしいですか。
・わたしの名前には、どんな願いをこめましたか。
すぐに答えが返ってこなくても、かまいません。たずねられたことがきっかけで、あとから、ぽつりと話してくれることもあります。
手紙、日記、写真の裏の書きこみ、古いアルバム。先祖の想いは、思いがけない所に残っています。戸籍からは、名前と生まれた日しかわからなくても、その人が生きた時代の出来事を重ねてみると、どんな思いで暮らしていたのかが、少しずつ見えてきます。
聞いた話は、忘れないうちに書きとめましょう。特に、その人がよく口にしていた言葉は、一行でもよいので、その人の言葉のまま残しておくのがおすすめです。何十年かたって、それを読む子孫にとって、何よりの宝ものになります。
「家系図をつくる」では、一人ひとりに「聞き取りの手帳」と「覚え書き」があり、聞いた話や、その人の言葉を残しておけます。年表には、その人がどの時代の出来事を、何歳で迎えたかも並びます。
生きてほしいという願い。名前にこめた願い。母から息子へ、祖母から孫へと渡された一字。繰り返し言い聞かされた口ぐせ。かなわなかった夢を、せめて子にと託した思い。
こうして一つずつ見ていくと、先祖から受け継がれてきた想いは、どれも同じところに行き着きます。それは、「あなたは、愛されていた」ということです。
顔も知らない先祖も、あなたが生まれるずっと前から、まだ見ぬ子や孫の幸せを願っていました。その願いが、親へ、そしてあなたへと、代をこえて手渡されてきました。あなたは、一人で生まれてきたのではありません。何十代もの家族に、ずっと前から愛されて、生まれてきたのです。
受け継がれる想いは、愛されたあかし。
あなたも、愛されて、ここにいる。
家系図に先祖の名前を一人ずつ書き入れていくことは、その愛を、一つずつ確かめていくことでもあります。
今は子孫の立場で先祖を思っている私たちも、いつかは、自分の子や孫、そのまた先の子孫にとっての、先祖になります。百年後、二百年後の子孫が、家系図の中に自分の名前を見つけたとき、そこに何が残っていてほしいでしょうか。
受け取った想いを、次の世代へのせていく方法は、難しいことではありません。
最後の一つも、難しく考えなくて大丈夫です。子や孫に伝えたい一言を、書いておくだけで十分です。
・あなたが生まれてきてくれて、うれしかった。
・つらいときは、休んでいい。また歩き出せばいい。
・人にやさしくすると、めぐりめぐって、自分にかえってくる。
こうした一言は、名前と生まれた日だけの家系図を、想いの通った家系図に変えてくれます。自分の分の「覚え書き」に、未来の子孫へのひと言を書いておきましょう。
先祖から受け取った想いに、自分の想いを一つ重ねて、次へ手渡す。そうやって、想いは、代を重ねるごとに少しずつ深くなっていきます。
先祖から、あなたへ。
あなたから、まだ見ぬ子や孫へ。
受け継いでいくのは、形ではなく、想い。
先祖のことを、ほとんど何も知りません。想いを受け継ぐことはできますか?
できます。名前も顔も知らない先祖でも、その人たちが生きて、命をつないでくれたから、今の自分がいます。知らないことを、少しずつ知ろうとすること自体が、想いを受け取ることのはじまりです。
家族と仲がよくありません。それでも先祖を思ってよいのでしょうか?
かまいません。家族とのあいだに何があっても、先祖を思う気持ちは、あなた自身のものです。受け継ぐものも、自分で選んでかまいません。
子どもがいません。想いを手渡す相手はいますか?
います。おいやめい、いとこの子や孫など、同じ先祖をもつ、血のつながった家族がいます。家系図に残したあなたの想いは、その人たちが受け取ってくれます。